詰襟学生服の男子校・男女別学の高校リスト

詰襟学生服の男女別学の高校コラム

樹徳高等学校 男子部制服(詰襟学生服)修徳高等学校 男子部制服(紺の海軍服、ファスナー留め)豊南高等学校 男子部制服(詰襟学生服)明星高等学校 男子部制服(紺の海軍服、ホック止め)國學院久我山高等学校 男子部制服(詰襟学生服、黒ボタン)桐光学園高等学校 男子部制服(紺の詰襟学生服)近畿大学附属高等学校 男子部制服(黒の海軍服、ホック留め)帝塚山高等学校 男子部制服(紺の詰襟学生服)九州国際大学付属高等学校 男子部制服(紺の海軍服、ファスナー留め)
↑左から樹徳高校(群馬県)・修徳高校・豊南高校・明星高校・國学院久我山高校(以上、東京都)・桐光学園高校(神奈川県)・近畿大学附属高校(大阪府)・帝塚山高校(奈良県)・九州国際大学付属高校(福岡県)の各男子部制服
↓左から樹徳高校(群馬県)・修徳高校・豊南高校・明星高校・國学院久我山高校(以上、東京都)・桐光学園高校(神奈川県)・近畿大学附属高校(大阪府)・帝塚山高校(奈良県)・九州国際大学付属高校(福岡県)の各女子部制服
樹徳高等学校 女子部制服(紺のセーラー服)修徳高等学校 女子部制服(紺のブレザー、チェックのスカート)豊南高等学校 女子部制服(紺のセーラー服)明星高等学校 女子部制服(紺のボレロ、ジャンパースカート)國學院久我山高等学校 女子部制服(白のセーラー服)桐光学園高等学校 女子部制服(紺のブレザー、チェックのスカート)近畿大学附属高等学校 女子部制服(紺スーツ、水色のブラウスにエンジ色のネクタイ)帝塚山高等学校 女子部制服(紺のジャンパースカート)九州国際大学付属高等学校 女子部制服(紺のスーツ、夏服はセーラー服)

詰襟学生服(学ラン)の男女別学(併学)の高校に通っている生徒のみなさん、お元気ですか? 1つの高校に男子校・女子校の2つが存在する男女別学(併学)の学園生活は男子ばかり、女子ばかりで行われているのはご存知だと思いますが、 学校によって、校内で男女交際および対話禁止、校歌・校章デザイン・学校行事も男女別・男女一緒で行っているところもあり、 昼休みの食堂での給食も男子部限定・男女別・男女一緒になっているところもあり、男子部限定の応援歌も存在しております。 現在男女共学で男女の制服もブレザーになってる近畿大学附属高等学校(大阪府東大阪市)も以前、男女別学(併学)でした。 近畿大学附属高校の男女別学(併学)時代(1963年〜1989年度入学生)を取り上げてみますと、

1:校舎所在地が男女別
男子校舎=大阪府東大阪市小若江(近畿大学と同じ敷地内、現・近畿大学11号館、1989年度は大阪府東大阪市若江西新町)
女子校舎=大阪府東大阪市中小阪(現・万代百貨店中小阪店、男子校舎から1キロ離れた場所に存在。附属小学校・中学校も同じ敷地)
※そのため、通学路も男女別
男子校舎=近鉄大阪線長瀬駅下車〜大学道りを徒歩(1989年度は近鉄八戸ノ里駅下車)
女子校舎=近鉄奈良線八戸ノ里駅下車
2:制服
男子部=ホック留め黒の蛇腹詰襟(海軍服)、左右の襟に襟章の刺繍、左右の袖に黒蛇腹の袖章付き。学生帽あり。
近畿大学附属高等学校 男子部制服(黒の海軍服、ホック止め)
女子部=紺のダブルのスーツ、左胸に「K.G.H.」の刺繍入り、中に薄いブルーのブラウスとエンジ色のネクタイ。全国の女子校の高校として珍しく制帽(ベレー帽)あり。校章を形どった襟章と長方形型の学年章の各バッジ付き
近畿大学附属高等学校 女子部制服(紺スーツ、水色のブラウスにエンジ色のネクタイ)
3:学校行事(入学式・始業式・終業式・文化祭・体育祭・修学旅行・卒業式etc.)や部活も全て男女別。ただし、春の選抜高校野球の応援席は男子部・女子部合同
4:校章(襟章)デザインも男女別。
男子部=大学の学園章(梅の花に「大学」)に「高」
近畿大学附属高等学校 男子部校章
女子部=大学の学園章(梅の花に「大学」)に「女高」
近畿大学附属高等学校 女子部校章
5:昼休みの昼食も男女別
男子校舎には食堂(1階)を設置しており、男子部の昼休みは持参の弁当のほか、食堂を利用して給食を食べたりすることも可能。
女子校舎には食堂を設置しておらず、女子部の昼休みは教室内での持参の弁当または購買部で購入したパン類を食べたりしていた。すなわち、昼休みの食堂での給食は男子部限定。
6:学科
男子部=普通科・理数科・国際科、以前には商業科・工業科も。女子部=普通科のみ
7:全校生徒数が関西一。
全校生徒数4073人(1989年度)中、男子部=3705人(全国の男子校としては国内最大)、女子部=368人
8:クラス数
男子部=21クラス、女子部=6クラス
9:男子部の全校生徒数が約3700人のマンモス校だったため、男子部の始業式・終業式は教室内のTV中継。男子部では全校集会を行われず、朝礼は日替わりで学年別で行われてきた。全校集会は女子部のみ。
10:男子部限定の応援歌あり(「応援歌」「附属節」「翠巒節」の3曲、いずれもシングルレコード化された)
※春の選抜高校野球出場時(1967年、1971年、1975年、1988年〜1990年)と夏の高校野球全国大会出場時(1988年)の応援席でも演奏されており、1988年以降で応援席に女子部の生徒たちも駆けつけても、原則として男子部だけで上記3曲を歌唱。
11:校歌のみ男子部・女子部共通(大学の学園歌、シングルレコード化された)。通常では男子部・女子部一緒に歌うことはないが、春の選抜高校野球出場時(1967年、1971年、1975年、1988年〜1990年)と夏の高校野球全国大会出場時(1988年)の応援席でも演奏されており、試合前・7回の攻撃に入るときや勝利したときのみ、男子部だけで「校歌」を歌っていたが、応援席に女子部の生徒も加わった1988年以降からは男子部・女子部一緒に「校歌」を歌うようになった。
12:一部の高校入試情報誌では「共学」で記載されたもの、男子部・女子部のお互いの交流も一切なし(全く別の高校を認識して)。


でした。では、本サイト掲載の全国各地の現役詰襟学生服の男女別学の高校5校と元詰襟学生服の男女別学の高校11校
男子部制服がブレザーに改定後も男女別学継続の修徳高校
女子部のみ制服継続の南山高校
男女別学時代当時の日本大学山形高校・豊南高校・明星高校・中央商業高校・明治大学付属中野八王子高校・中央大学杉並高校・近畿大学附属高校・早鞆高校・九州国際大学付属高校
の各男女別・男女一緒の点を調べてみましょう(部活、高校野球での応援席除く)

高校名
その他沿革
所在地 当時の制服
男子部・女子部
男女別 男女一緒
日本大学山形高等学校

1958年、男子校として山形第一高等学校開校
1962年、日本大学と合併して現校名に改称
1966年度入学生から女子部設置、男女別学へ。
1973年度から商業科が男女共学化し(2005年廃止)、1987年度から普通科も共学化
山形県山形市 日本大学山形高等学校 男子部制服(紺の詰襟)日本大学山形高等学校 女子部制服(紺のセーラー服)
↑1987年度からの完全男女共学化以降も継続中
◎全ての学校行事
◎校舎所在地
◎昼休みは教室で持参の弁当(食堂設置は2001年7月)
◎女子部制服は日本大学櫻丘高等学校(東京都・共学)の女子前制服と同じ
◎校歌
◎校舎所在地
◎校章デザイン
土浦日本大学高等学校

1951年、女子校として土浦女子高等学校開校
1964年度より日本大学準附属学校として現校名に改称
その前年より男子部を設立し、男女別学へ

男女別学時代(1963年度〜1986年度入学生)当時
茨城県土浦市 土浦日本大学高等学校 男子部制服(紺の詰襟)土浦日本大学高等学校 女子部制服(紺のスーツ)
↑男女共学化の1987年度入学生もこれ
◎全ての学校行事
◎食堂での給食は男子部限定(寮生のみ)
◎女子部の昼休みは教室で持参の弁当
◎男子部限定の寮(桜心館)あり
◎校歌
◎校舎所在地
◎校章デザイン
樹徳高等学校

1915年、女子校として開校
1960年度入学生から男子部設置、男女別学へ
男女別学時代(1960年度〜2016年度入学生)当時
群馬県桐生市 樹徳高等学校 男子部制服(詰襟学生服)樹徳高等学校 女子部制服(紺のセーラー服)
↑男子部は2016年度入学生まで
↑女子部は2013年度入学生まで
◎校歌
◎パン売り場
◎朝礼
◎修学旅行
◎昼休みは教室で持参の弁当
◎校舎所在地
◎校章デザイン
◎全ての学校行事
修徳高等学校

1931年、男子校として財団法人六踏学園を設置 甲種修徳商業学校認可
1938年、女子校として、修徳高等女学校併置されるが、1938年3月で廃止
1948年、学制改革により、男子校として新制修徳高等学校設置
1952年度入学生から女子部を設置され、再び男女別学へ
2006年度入学生から男子部の制服がブレザーに改定後も男女別学継続
一部男女共学
東京都葛飾区 修徳高等学校 男子部制服(詰襟学生服、1952年度〜1986年度入学生)修徳高等学校 女子部制服(紺のスーツ、1952年度〜1993年度入学生)
修徳高等学校 男子部制服(紺の海軍服、ファスナー止め、1987年度〜2005年度入学生)修徳高等学校 女子部制服(紺のスーツ、1952年度〜1993年度入学生)
修徳高等学校 男子部制服(紺の海軍服、ファスナー止め、1987年度〜2005年度入学生)修徳高等学校 女子部制服(ブレザー、1994年度〜2005年度入学生)
↑上から1952〜1986年度までの入学生、
1987〜1993年度入学生、
1994〜2005年度入学生
◎校章デザイン
※男女とも同じだが、中身のデザインが多少異なっている
修徳高校の校章デザイン
◎修学旅行
◎校舎所在地
◎校歌
◎全ての学校行事
◎昼休みの食堂での給食
※女子部はほとんど食堂を利用しないで教室内で持参の弁当を食べたりしており、昼休みの食堂での給食は男子部限定になることも。
豊南高等学校

1942年、男子校として「豊南商業学校」開校。
1944年、男子校として「豊南工業学校」を併置。
1948年、2学校を現校名に改組改称。
1954年度入学生から女子部を新設し、男女別学へ
また、1947年〜1957年には高校と同じ敷地に中学校(豊南中学校、男女別学)も設置されたが、生徒が減少したために募集を停止し、休校状態に入る。1984年、正式に廃校。

男女別学時代=学生服とセーラー服時代(1954年度〜2003年度入学生)当時
東京都豊島区 豊南高等学校 男子部制服(詰襟学生服、襟章は刺繍)豊南高等学校 女子部制服(紺のセーラー服) ◎入学式以外全ての学校行事
◎学年章デザイン
※男子部=紺、学年ペースト=白(普通科)・黄色(商業科)
※女子部=真珠の数、真珠の色=」白(普通科)・ピンク(商業科)
◎昼休みは教室で持参の弁当(食堂設置前の2001年10月まで)
◎校内での男女交際および会話禁止
◎校舎所在地
◎銀杏祭(文化祭)
◎校歌
◎校章デザイン
◎昼休みの食堂での給食
※2001年10月、女子部校舎側に増設。座るテーブルが男女別。増設当時、男子部の生徒たちが独占利用されていたため、女子部の生徒たちも食堂で給食を食べる場合、女子部用テーブルを2個用意(「女子部専用席」の立て札を設置)。 行事のズレや利用状況によって、昼休みの食堂での給食は男子部限定(女子部専用席は空席状態)になる場合もあり
國學院大學久我山高等学校

1944年、男子校として「久我山中学校」開校
1948年、男子校として「久我山高等学校」開校。中学校に女子部設置
1949年、岩崎学園から久我山学園に組織変更
1951年、中学校女子部一旦廃止。再び男子校へ
1952年、中学校廃止。國學院大學と合併し、現校名に改称
1954年、中学校募集再開するが、休校状態に
1985年、男子校として中学校再開。同年度入学生から高校に女子部設置、高校は男女別学へ
1991年、中学校に女子部設置。中学・高校共に男女別学へ
東京都杉並区 國學院大學久我山高等学校 男子部制服(詰襟学生服、黒ボタン)國學院大學久我山高等学校 女子部制服(白のセーラー服)
國學院大學久我山中学校 男子部制服(詰襟学生服、黒ボタン)國學院大學久我山中学校 女子部制服(白のセーラー服)
↑上から高等学校・中学校の制服
◎以前、男子部限定の制帽(白線2本)あり ◎全ての学校行事
◎校歌
◎校章デザイン
◎校舎所在地
◎昼休みの食堂での給食
中央商業高等学校および中央高等学校
現・中央学院大学中央高等学校

1900年、男子校として「日本橋簡易商業夜学校」(2年制)設立
1902年、男子校として「中央商業学校」(5年制)設立
1948年、「中央商業学校」廃止、新学制による「中央高等学校」全日制課程(普通科・商業科、3年制)設立(1985年廃止)
1955年、「中央高等学校」商業科を「中央商業高等学校」として独立(1998年、現校名に変更)
1963年度入学生から「中央高等学校」「中央商業高等学校」に女子部設立、男女別学へ

男女別学時代(1963年度〜1969年度入学生)当時
東京都中央区 中央商業高等学校および中央高等学校 男子部制服(紺の詰襟学生服)中央商業高等学校および中央高等学校 女子部制服(グレーのブレザー、白いブラウスに黒いネクタイ)
↑1970年度からの男女共学(女子部校舎利用)以降後も継続(1996年度入学生まで)
◎全ての学校行事
◎昼休みの食堂での給食
※男子部・女子部各校舎にそれぞれ専用食堂を設置
◎校歌
◎校章デザイン
◎校舎所在地
明治大学付属中野八王子高等学校

男女別学時代(1984年度〜1993年度入学生)当時
東京都八王子市 明治大学付属中野八王子高等学校 男子部制服(詰襟学生服)明治大学付属中野八王子高等学校 女子部制服(紺のスーツ)
明治大学付属中野八王子高等学校 男子部制服(詰襟学生服)明治大学付属中野八王子高等学校 女子部制服(紺のスーツ)
明治大学付属中野八王子中学校 男子部制服(詰襟学生服)明治大学付属中野八王子中学校 女子部制服(紺のボレロ)
↑上から1984〜1990年度入学生(中学高校共)、
1991〜1993年度高校入学生、
1991〜1993年度中学入学生、
1994年度からの男女共学移行後も継続(2003年度入学生まで)
◎全ての学校行事
◎昼休みの食堂での給食
※食堂の中央に壁を作り、男子食堂・女子食堂に分裂
◎校内での男女交際および会話禁止
◎男子部限定の制帽あり
◎校歌
◎校章デザイン
◎校舎所在地
中央大学杉並高等学校

1962年、男子校として「中央大学杉並高等学校(旧・目白中学校)」開校
1963年、「(旧)中央大学杉並高等学校」が「中央大学附属高等学校」に改称され、それと同時に東京都杉並区から同小金井市に移転される。
学校の名称と校舎とを継承して女子部を新設し、男女別学として「(新)中央大学杉並高等学校」新生開校。

男女別学時代=学生服と黒のスーツ時代(1963年度〜1990年度入学生)当時
1992年度から男女共学
東京都杉並区 中央大学杉並高等学校 男子部制服(詰襟学生服)中央大学杉並高等学校 女子部制服(黒のスーツ) ◎昼休みは教室で持参の弁当 ◎校舎所在地
◎全ての学校行事
◎校歌
◎校章デザイン
明星高等学校

1923年、男子校として明星実務学校創立
1947年、学制改革により、3年制の新生中学校となる
1948年、男子校として明星高等学校開校
1954年度入学生から中学校・高校に女子部設置、男女別学へ
2003年度入学生から中学校共学化

男女別学時代(1954年度〜2005年度入学生)当時
2001年度入学生から女子部新制服のデザイナーに森英恵氏の作品を採用
東京都府中市 明星高等学校 男子部制服(紺の海軍服、ホック止め)明星高等学校 女子部制服(紺のボレロ、ジャンパースカート)
明星中学校 男子部制服(紺の海軍服、ホック止め)明星中学校 女子部制服(紺のボレロ、ジャンパースカート)
明星高等学校 男子部制服(紺の海軍服、ホック止め)明星高等学校 女子部制服(ブレザー、2001年度以降入学生)
明星中学校 男子部制服(紺の海軍服、ホック止め)明星中学校 女子部制服(ブレザー、2001年度以降入学生)
↑上から1954〜2000年度までの入学生(上から1段目=高校、2段目=中学校)、
2001〜2005年度高校入学生(2006年度からの男女共学移行後も継続)、
2001〜2002年度中学校入学生(2003年度からの男女共学移行後も継続)
◎校歌
※女子部の校歌は「女子部の歌」(2006年度からの男女共学移行後も継続)
◎全ての学校行事
◎昼休みの食堂での給食
※男子部=木・金・土
※女子部=月・火・水
◎校内での男女交際および会話禁止
◎校舎所在地
◎校章デザイン
◎明星祭(文化祭)
埼玉県立大宮高等学校

<女子部沿革>
1927年、女子校として「財団法人成均学園高等女学校」を設立。
1934年、「埼玉県大宮高等女学校」に改称され、後に「埼玉県大宮女子高等学校」に改称。

<男子部沿革>
設立から2年後の1929年、男子校として「大宮農園学校」設立。
1942年、「財団法人大宮実科工業学校」設立、この間、設置者の変更による校名変更が行われる。
1949年、「埼玉県大宮第一高等学校」に改称

<統合後>
1951年、男子校の埼玉県大宮第一高等学校と女子校の埼玉県大宮女子高等学校が統合され、現校名に改称。
統合後も男女共学へ移行せず、それらを引き継ぎ、全国の公立高校として唯一の男女別学制を採用
2010年、完全共学化導入
さいたま市大宮区 埼玉県立大宮高等学校 男子制服(詰襟学生服)埼玉県立大宮高等学校 女子制服(紺のスーツ)
↑統合前の埼玉県大宮第一高校と埼玉県大宮女子高校各時代から継続中
◎校章デザイン
※男子部=山ぼうしに「高」
※女子部=なでしこ
◎普通科クラス
◎校舎所在地
◎全ての学校行事
◎理数科クラス
◎校歌
◎校舎所在地
◎昼休みの食堂での給食
※男子部のほとんどが食堂を利用しており、女子部はあまり利用しないことも。
桐光学園高等学校

1978年、男子校として開校
1991年度入学生から女子部設置、男女別学へ
神奈川県川崎市 桐光学園高等学校 男子部制服(紺の詰襟学生服)桐光学園高等学校 女子部制服(紺のブレザー)
桐光学園中学校 男子部制服(紺の詰襟学生服)桐光学園中学校 女子部制服(紺のブレザー、えんじ色のリボン)
↑上から高等学校・中学校の制服
(なし) ◎校舎所在地
◎全ての学校行事
◎校歌
◎校章デザイン
◎昼休みの食堂での給食
日本大学三島高等学校

1958年、男子校として開校
1960年度(3期生)入学生から普通科女子増設され、男女併学へ

男女併学時代(1960年度〜1993年度入学生)当時
静岡県三島市 日本大学三島高等学校 男子部制服(詰襟学生服)日本大学三島高等学校 女子部制服(グレーのスーツに赤い棒ネクタイ)
日本大学三島高等学校 男子部制服(詰襟学生服)日本大学三島高等学校 女子部制服(グレーのスーツに緑の棒ネクタイ)
↑1984年春の選抜高校野球出場時当時の制服
◎全ての学校行事 ◎校舎所在地
◎校歌
◎校章デザイン
◎食堂での給食(1970年設置)
南山高等学校

1932年、男子校として「旧制南山中学校」開校
1948年、現校名が開校。それと同時に女子部も設置、男女別学へ
男子部全生徒を対象に着用義務がなくなり、1995年度から男子部の制服を廃止
愛知県名古屋市 南山高等学校 男子部制服(詰襟学生服)南山高等学校 女子部制服(ジャンパースカート)
↑高等学校・中学校共通
1948〜1994年度入学生、
1995年度入学生以降、制服は女子部のみ継続
◎校舎所在地
※男子部校舎=名古屋市昭和区五軒家町
※女子部校舎=名古屋市昭和区隼人町
◎全ての学校行事
◎昼休みは教室でお弁当
◎校歌
◎校章デザイン
◎卒業式の1日目は南山教会で男女合同で実施
名古屋高等学校

1887年、「私立愛知英語学校」として開校
1947年、「名古屋中学校」設立
1948年、 「名古屋高等学校」設立
1968年、校名を「名古屋学院中学校」「名古屋学院高等学校」に変更
2000年、現校名に変更
2011年、新校舎竣工、高校生限定の学食(ランチルーム)の名称「敬愛会館」から「長久館」に変更
2024年、高校に女子部設置予定→延期→廃案
愛知県名古屋市 名古屋高等学校 男子部制服(詰襟学生服)名古屋高等学校 女子部制服(セーラー服)
または
名古屋高等学校 男子部制服(詰襟学生服)名古屋高等学校 女子部制服(ブレザー、ネクタイ)
名古屋高等学校 男子部制服(詰襟学生服)名古屋高等学校 女子部制服(ブレザー、リボン)
女子部の制服はGoogle AIで作成された仮のものです。
◎以前学生帽も制定(現在は旗手のみ着用)
◎昼休みの学食(ランチルーム)での給食
男子部=長久館(ランチルーム)
女子部=女子部校舎内女子部専用食堂(カフェテリア)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
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(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
◎校舎所在地
◎校歌、応援歌
※男子部・女子部によって、歌詞が変わることもあり
男子部・女子部別々で斉唱することも
◎全ての学校行事
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
(Google AIで詳しく)
三重高等学校
松阪女子高等学校

1961年、開校
1962年、男子校として三重高等学校、女子校として松阪女子高等学校が分離独立して開校
同年、男子校として三重中学校、女子校として松阪女子中学校開校
1969年、三重高等学校、春の選抜高校野球で初優勝
1974年、三重中学校と松阪女子中学校が統合。三重中学校、男女共学化
1985年、男女共学の三重中学校と男子校の三重高等学校との中高一貫教育体制を導入
1994年、男子校の三重高等学校と女子校の松阪女子高等学校が統合と共に男女共学化され、それと同時に男女の制服もブレザーに改定
三重県松阪市 三重中学校 男子制服(詰襟学生服)三重中学校 女子制服(紺のスーツ、エンジ色のネクタイ)
↑中高一貫校制服
三重高等学校 制服(詰襟学生服)松阪女子高等学校 制服(紺のスーツ、エンジ色のネクタイ)
↑高等学校制服
(いずれも1993年度入学生まで)
◎校舎所在地
◎全ての学校行事
◎校歌
◎校章デザイン
◎昼休みの食堂での給食
(なし)
帝塚山高等学校

1940年、男子校として旧制帝塚山中学校を設立
当初、7年制高等学校になる予定だったが、その後、「帝塚山学園」として大阪の学院と別の歴史を歩み始める
奈良県奈良市 帝塚山高等学校 男子部制服(紺の詰襟学生服)帝塚山高等学校 女子部制服(紺のジャンパースカート)
↑高等学校・中学校共通
(なし) ◎校舎所在地
◎全ての学校行事
◎校歌
◎校章デザイン
◎昼休みの食堂での給食
近畿大学附属高等学校

1939年、男子校として「日本工業学校」開校
1948年、「大阪理工科大学附属高等学校」に改編・改称
1949年、現校名に改称
1963年度入学生から女子部設置、男女別学へ

男女別学時代=海軍服&スーツ時代(1963年度〜1989年度入学生)当時
大阪府東大阪市 近畿大学附属高等学校 男子部制服(黒の海軍服、ホック止め)近畿大学附属高等学校 女子部制服、1970年代当時(紺スーツ、白いブラウス)
近畿大学附属高等学校 男子部制服(黒の海軍服、ホック止め)近畿大学附属高等学校 女子部制服(紺スーツ、水色のブラウスにエンジ色のネクタイ)
↑上から1963年〜1970年代当時、
1980年代当時(男子部新校舎での男女共学移行の1990〜1992年度入学生も)
◎校章デザイン
※男子部=大学の学園章(梅の花)の上に「」
※女子部=大学の学園章(梅の花)の上に縦書きで「女」
◎校舎所在地
※男子部校舎=大阪府東大阪市小若江(現・近畿大学11号館。1989年度は大阪府東大阪市若江西新町)
※女子部校舎=大阪府東大阪市中小阪(現・万代百貨店中小阪店。男子部校舎から1キロ離れた場所に女子部校舎設立。附属中学校・小学校共用)
◎郵送用学校案内パンフレット
※1986年〜1989年度版
◎全ての学校行事
◎応援歌「応援歌」「附属節」「翠嵐節」は男子部限定
◎昼休みの食堂での給食も男子部限定(食堂は男子部校舎1階に設置)
◎ちなみに、女子部の昼休みは教室で持参のお弁当または購買部で購入したパン類(昼休みの女子部校舎以外への外出禁止)
※男女別学時代当時の近畿大学附属高校の昼休みの食堂での給食、基本的に男だらけです。(^_^)

◎校歌(大学の学園歌)
◎男女共制帽あり(希望者のみ)
※男子部=黒の学帽
※女子部=えんじ色(夏=白)のベレー帽
◎1990年春の選抜高校野球での応援歌「応援歌」「附属節」「翠嵐節」
●女子部の生徒たちも放課後の部活(水泳部・スキー部・吹奏楽部etc.)で男子部校舎に来ており、授業は午前中のみの土曜日と授業のない日曜日の昼休みに部活で来る方のみ女子部の生徒たちも男子部限定の食堂を利用して給食や持参の弁当を食べたりすることも可能。利用状況によって、通常通りの男子部限定になる場合もあり。
●放課後に男子部の生徒たちも女子部校舎へ行くことも可能
●普段は校則で禁じられているハイスクール・ラブは放課後限定

泉州高等学校
1999〜2008年度=飛翔館高等学校
現・近畿大学高等学校(2009年度〜)

1973年、女子校として泉州高等学校
1975年、男子特進Bコース設置、男女別学へ
1985年、男子特進Aコースと女子特進Cコース設置
1992年、女子特進Aコース設置
1996年度から進学コースに再編され、男女共学へ
大阪府岸和田市 泉州高等学校 男子部制服(黒の海軍服、ホック止め)泉州高等学校 女子部制服(紺スーツ、白いブラウス)
↑「飛翔館高等学校」に改名される前の1998年度まで継続
◎男子部限定の寮(神於男子寮)あり ◎校舎所在地
◎全ての学校行事
◎校歌
◎校章デザイン
◎昼休みの食堂での給食
柏原高等学校
現・東大阪大学柏原高等学校(2006年度〜)

1963年、女子校として柏原女子高等学校
1964年、男子部を併設し、柏原高等学校に校名変更。男女別学へ
1969年、女子部を解消され、男女別学から男子校へ
大阪府柏原市 柏原高等学校 男子部制服(詰襟学生服、襟章は刺繍)
↑男女別学から男子校へ完全移行後も継続。
2001年度入学生まで
◎男子部限定の学生帽あり ◎校舎所在地
◎全ての学校行事
◎校歌
◎校章デザイン
◎昼休みの食堂での給食
※食堂は1966年、鉄筋4階建(西館)校舎・武道館と共に落成
早鞆高等学校

1902年、女子校として開校
1951年度入学生から男子部設置、男女別学へ
平成時代に徐々に共学化し、2003年には全学科全コース共学化
山口県下関市 早鞆高等学校 男子部制服(詰襟学生服)早鞆高等学校 女子部制服(紺のセーラー服)
早鞆高等学校 男子部制服(詰襟学生服)早鞆高等学校 女子部制服(紺のスーツ、白いブラウス)
↑上から1951〜1965年度入学生、
1966〜1991年度入学生
◎始業式・終業式・体育祭
◎昼休みの食堂での給食
※男子部・女子部各校舎にそれぞれ専用食堂を設置
◎校章デザイン
※男子部=桃の葉2枚がクロスした上に「高」
※女子部=桃の花に「高」の字をあしらったもの
◎男子部限定の制帽あり(二本白線帽)

◎校歌
◎校舎所在地
◎入学式・卒業式・文化祭

八幡大学付属高等学校
現・九州国際大学付属高等学校

1958年、男子校として「八幡大学付属高等学校」開校
1963年度入学生から女子部設置、男女別学へ。
1989年、現校名に変更

男女別学時代=海軍服&スーツ時代(1963年度〜2009年度入学生)当時
福岡県北九州市 八幡大学付属高等学校 男子部制服(紺の海軍服、ファスナー止め)八幡大学付属高等学校 女子部制服(紺のスーツ)
九州国際大学付属高等学校 男子部制服(紺の海軍服、ファスナー止め)九州国際大学付属高等学校 女子部制服(紺のスーツ、夏服はセーラー服)
↑上から八幡大学付属高校時代当時(1963〜1988年度入学生)、
九州国際大学付属高校時代当時(1989〜2009年度入学生)
◎校歌
◎校章デザイン
※男子部=橘の花の上に「付高」(八幡大学付属高校時代でも)
※女子部=KFK(八幡大学付属高校時代は橘の花の上に「付女高」)
◎学年章の色
※男子部=えんじ色
※女子部=群青色
◎校舎所在地
※男子部=北九州市八幡東区枝光5-9-2(2001年度からは新校舎へ移転)
※女子部=北九州市八幡東区枝光5-9-3(男子部校舎に隣接)
※2005年度後半から女子部校舎が男子部新校舎と同じ敷地に移転
◎2005年度から女子部が男子部と同じ敷地に移転後も校則で校内でのハイスクール・ラブ禁止
◎郵送用学校案内パンフレット
◎全ての学校行事
◎昼休みの食堂での給食
※男子部旧校舎・女子部旧校舎にもそれぞれ専用食堂を設置。2001年の男子部新校舎移転後の食堂(展望レストラン)は男子部・女子部が共同で利用されているが、混雑を避けるため、それぞれの昼休みをずらしている。
食堂の利用時間
※男子部=11:40〜12:20頃
※女子部=12:40〜13:20頃
※男女別学時代当時の九州国際大学付属高校の昼休みの食堂での給食、基本的に男だらけです。(^_^)
◎応援歌は男子部のみ(Google AIで詳しく)
◎女子部の夏服は白いセーラー服
◎八幡大学付属高校時代当時の女子部夏服は白の半袖ジャケットに紺のスカート

(なし)

●八幡大学付属高校時代当時、男女共制帽あり
※男子部=四角い天井を白線で縁取った角帽
※女子部=紺色のハット

先ほど、学生服とセーラー服の男女別学・豊南高校(東京都)にやっと食堂ができ、詰襟学生服の男女別学の高校全8校(2001年当時)のうち、食堂ができていないのは、樹徳高校(群馬県、ここも学生服とセーラー服の男女別学です)だけとなりました。もし、樹徳高校に食堂ができるとしたら、利用は、
1:男女別
2:男女一緒
3:男女一緒だが、座るテーブルによって男女別
となります。樹徳高校の生徒のみなさん、どう思いますか?(樹徳高等学校は2017年度入学生から男女共学化しました)

それから、現役の詰襟学生服の男子校・名古屋高校に現在設置を目指している女子部(2024年度を予定されたもの、延期に)が設立されたら、昼休みの長久手館のランチルームでの給食は、
1:従来通り、男子部限定
2:男女一緒で、女子部専用席設置
のどちらかになります。

名古屋高等学校の食堂イメージ壁紙集
タイプ1(従来通り、男子部限定)
タイプ2(男女一緒だが、テーブルが男女別、「女子部専用席」の立て札を用意)

 

男女別学時代当時の昼休みの食堂イメージ壁紙集
( )=食堂落成年、当時の利用状態
近畿大学附属高等学校(〜1989年度、男子部のみ)
豊南高等学校(2001年落成、〜2003年度、座席が男女別)
明星高等学校(2000年当時、男子部利用) 1600×1200ピクセル仕様
明星高等学校(2000年当時、女子部利用) 1600×1200ピクセル仕様
明治大学付属中野八王子高等学校
(創立と同時に落成、〜1993年度、中央に壁を作り男子部用食堂・女子部用食堂に分裂)
1600×1200ピクセル仕様



↑現役男女別学の中で、僕の一押しの九州国際大学付属高等学校の制服
左=男子部(紺のファスナー留め蛇腹詰襟(海軍服))、右=女子部(紺のスーツ)
2010年度入学生から男女共学になり、これと同時に制服も改定されました。



↑元男女別学の中で、僕の最もお気に入りの近畿大学附属高等学校の制服
左=男子部(黒のホック留め蛇腹詰襟(海軍服))、右=女子部(紺のスーツ)



↑元男女別学の中で、2番目にお気に入りの豊南高等学校の制服
左=男子部(黒の詰襟学生服(標準型学生服))、右=女子部(紺のセーラー服)

1990年春の選抜高校野球 三重高校戦ダイジェスト動画集
出場当時男子校だった三重高校が春の選抜高校野球に出場した時の動画集です。
大勢いる詰襟学生服姿の三重高校の生徒たちに加え、かつて姉妹校だったスーツ&丸襟のブラウスにエンジ色のネクタイ姿の松阪女子高校の生徒たちも一緒に応援に駆けつけます。
あの思い出をいつまでも…。

三重高校の1990年春の選抜高校野球出場時の応援席イメージ壁紙

関連サイトリンク


↑近畿大学附属高校(大阪府東大阪市)の男女別学時代当時のファンサイト。元男女別学の高校の中で僕の一番のお気に入りです。

学生服とセーラー服の男女別学の高校〜男女別学時代の豊南高等学校〜
↑豊南高校(東京都豊島区)の男女別学時代当時のファンサイト。男女別学時代(1954〜2003)の制服は詰襟学生服とセーラー服でした。

桐蔭学園高等学校
↑男子部・女子部とも制服がブレザーで、校舎・学校行事や昼休みの食堂での給食も全て男女別の高校の公式サイトです。
※2018年度入学生から男女共学に移行しました。

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